クリニック『CUVO』では12月に入り、2メートル余りの本物のクリスマスツリーを飾っている。本物にしたのは二つの理由がある。一つ目は、これは古くから銀座で客商売をしている人たちの言い伝えなのだが、「偽物の草花を飾っているとお客さんが離れる。飾るのであれば生の草花を飾るべきだ」というものである。美容外科医療(整形・エステ)であってもやはりお客様あってのビジネスだ。このような縁起はやはり守りたくなる。二つ目は、アメリカ留学時代のクリスマスの思い出。アメリカでは本物のフリーを飾るのが一般的である。クリスマスにもう一つ欠かせないのが、クリスマスソング。これからの美容外科では親友のウィリアムからIPodごともらった250曲にもおよぶクリスマスーソングがこの時期つねに流れている。音楽はしばしば時を超えて、過去の記憶に直結する。さまざまなクリスマスソングに乗って、私の記憶は10年前の冬のマンハッタンへ飛んだ。マンハッタンからひたすら北へ向かって12月も下旬のニューヨークは、すっかり真冬の寒さだ。アパートから歩いて5分の距離にあるイーストリバー沿いのロックフェラー研究所に通うにも、厚手のセーター一枚では思わず身震いしてしまう。ニュー・ヨーカーたちの朝は早い。人々は白い息をはいて、デリカテッセッンと呼ばれるアメリカ式コンビニで買うコーヒーを片手に足早に仕事場へ向かって行く。この時期、マンハッタンの中心にあるロックフェラーセンターには塔のように大きなクリスマスツリーが飾られ、クリスマスソングが流される。「クリスマス」は人々が待ちに待ったアメリカ最大のイベント。一人ぽっちの私でさえ、ときめきを感じないではいられなかった。研究生活も1年が経過し、ある程度の結果を出さければならない時期に入っていた。そんな金曜日の午後、試験管を振る手を止めると、時計は午後4時を回っていた。窓の外に目を移す。薄暗くなったマンハッタンの街には小雪が舞っていた。ロックフェラー研究所は高級住宅街のアッパーイーストサイドにある。研究室の窓辺から、高級住宅街の富有層と覚しき女の子が、母親に手を引かれ歩いていく姿が見える。絵のように幸福な眺め。アメリカでは、クリスマスは大切な家族の行事だ。私一人だけで過ごすクリスマスはあまりにも寂しい。マンハッタンのビジネスマンたちは郊外から通うか、ロングアイランドにある別荘で、金曜の午後から日曜の夜まで過ごすのが一般的だ。この時期にうかうかしていると、友人もなく、お金もなく、お祝いの料理にもありつけず、惨めなクリスマスを過ごすことがわかっている。どうしたものだろうか?思い切って、日本でスキー競技を通じて知り合ったカナダ人の家庭でクリスマスを過ごすことにした。その家はニューヨークから北へ700キロ、フランス系カナダ人の街・モントリオールにある。そこに行けば、問違いなく、本格的な「ホワイトクリスマス」が実感できるだろう。夕闇が訪れる前、、研究を早めに切り上げ、ホンダの赤い小型スポーツカーに乗って、私は一気にモントリオールめざして雪道を駆け上がった。この調子だと一気に700キロを走り抜けられるぞ。ニューヨーク北部へ向かうイーストリバー沿いの道路に入ると、郊外へ急ぐ人々の車の流れが予想以上に速く私は動揺した。うかうかしているとモントリオール行きの高速道路を見逃してしまう。この高速道路に入るにはヤンキーススタジアムを右手に見ながら、治安の悪いハーレムを通り抜ける必要がある。ハーレムでは、赤信号でも停車したくない。以前、燃えている車の前で黒人たちが騒ぎ立てるのを目撃している。私は必要以上にハーレムを恐れているかもしれない。点滅しつつある黄色信号を一気に走り去ろうとしたが、ちょっとの差で問に合わなかった。赤信号で停車。案の定、道路にたむろする黒人の一人が寄ってきた。彼はいきなり窓を拭き始めた。信号が青に変わる束の間だ。拭き終わっときには窓はかえって汚れていた。男は運転席の窓を叩き、チップを要求する。「しょうがないなあ」と思いながら、少しだけ窓を開け、50セントを投げ渡すと、「何だ、これっぽっちかよ?」と男がわめき散らす。私は「もっと欲しかったら、きれいにしろ!」と怒鳴り返した。男は悪態をつきながらドアを開けようしたが、信号が青に変わった途端、私は猛スピードで発進した。ジョージーワシントン橋を渡ると、ニューヨーク州の北へ向かう高速道路だ。私は片手をポケットに突っ込んで、小銭が十分にあるか確かめた。ニューヨークでは数百円相当の高速料金を、小銭で入り口にあるバケツに投げ込むからだ。すっかり冬の様相を呈した白い森のなかをひたすら北へ北へと走り続ける。それにしても、米国で買ったこのホンダのスポーツカーは、惚れ惚れするほどのよい走りを見せてくれる。この調子だと一気に700キロを走り抜けられるだろう。日本の技術力の素晴らしさに優越感を感じながら、米国車たちを次から次へと抜き去ってゆく。私はハンドルを持つとアグレッシブになる傾向が昔からあった。抜き去られた車の運転手は私の過激な走り方に、肩をすぼめてあきれ顔を向けた。ふだんのストレスの発散とばかり、スポーツカーを飛ばし続けた。残りの道のりはあと半分、ニューヨーク州北部の街、レークプラシッドまでたどり着いた。350キロを3時間半、平均時速100キロで走ったわけだ。猛スピードで運転しているためか、不思議とお腹は空かない。しかし、真っ暗闇の中で単調な直線を一人走っていると、時速100キロでも激しい眠気が襲ってくる。眠気を覚ますためドライブインに立寄った。店の中にはきれいなクリスマスツリーと光の氾濫、そしてクリスマスソングの定番「ホワイトクリスマス」が流れていた。ダウンジャケットを着た若者の店員に1ドル札を渡して、眠気覚ましのコーヒーをなみなみと注ぐ。時刻はすでに夜の9時を廻っている。私はコーヒーを飲み干すと、大きく伸びをして、再び、車に乗り込み一気に加速した。