常識的にみて「無償協力」の依頼はかなり強引ともとれるが、数社もの企業から参画を申し出る返事があった。某社は、役員以下数人が大名行列よろしく車を連ねてやってきて、熱っぽく事業への参加を訴えた。アドバイザー志願者たちは、口々に言った。「住民の方々の全員合意さえとりつけていただければ、すぐにでも事業化できます。これだけ条件のいい土地はまたとない。最初はタダで働きますよ。全員合意さえとれれば、あっという間に再建してみせます」一九九〇年。バブルは、散り際の炎を激しく巻き上げていた。建て替え準備委員会は「強気」たった。この年の一二月、まず設計事務所では一社のみ手を上げた横河設計、建設会社には千葉県内で高層マンションを手がけ、地元の銀行との連携を図ってきた最大手・鹿島建設、不動産会社では東京都中野区で公団住宅建て替えの実績を持つ藤和不動産の三社をアドバイザーに選定した。住民の建て替えへの期待は日に日に高まった。「工事は、いつ始まるんですか?」「工事中の仮住居はどうすればいいの。公団が紹介してくれるのかしら」性急な問い合わせが、準備委員たちに寄せられた。想像以上の手ごたえだった。